腎虚と八味地黄丸

昔の人は、人体を構成する要素として、陰液(物質)と陽気(機能)という2つを考えました。

そして腎の失調の病態として、陰液と陽気の過不足を当てはめて考えました。
過剰よりも不足することが多いと考え、不足状態を「虚」として、陰虚・陽虚と分類しました。
腎陰虚には六味丸、腎陽虚・腎陰陽両虚には八味地黄丸が適応します。

では八味地黄丸は、現代医学的な観点からみた場合、どのような病態に用いる薬なのでしょうか。
「腎」の5つの作用に準じて、八味地黄丸の適応病態について考えてみます。

「腎」の作用は以下の5つに分類されています。

*生殖機能
【Effects of Hachimijiogan, a Kampo powder, on epididymidis sperm characteristics in healthy male rats. Reprod Med Biol. 2014 Aug 15;14(1):33-38.】
八味地黄丸がラットの精巣上体での精子の特性およびそれに関連するホルモンの変化に与える影響を調べた研究です。八味地黄丸を低用量(250-500mg/kg)で投与した群では、精子数および運動性が増加し、精嚢および副腎の重量も増加しました。さらに、八味地黄丸投与群では、テストステロンと黄体形成ホルモンが減少し、卵胞刺激ホルモンが増加しました。八味地黄丸投与群では、副腎機能の活性化や局所におけるアンドロゲン活性が高まり、精子の産生を改善する可能性が考えられました。

*骨
【Combined treatment with a traditional Chinese medicine, Hachimi-jio-gan (Ba-Wei-Di-Huang-Wan) and alendronate improves bone microstructure in ovariectomized rats. J Ethnopharmacol. 2012 Jun 26;142(1):80-5.】
卵巣摘出術を行い閉経状態としたラットに対して、八味地黄丸またはアレンドロン酸を単独・併用投与し、骨に対する影響を調べた研究です。八味地黄丸とアレンドロン酸を併用した群では、それぞれを単独に使用した群に比べて、海綿骨体積や骨密度が大きいという結果でした。八味地黄丸が骨粗鬆症を改善するメカニズムは不明ですが、八味地黄丸にはカルシウムの過剰な尿中排泄を抑制し、カルシウムのホメオスタシスと骨代謝を改善する作用があることが分かっており、その作用の関与が考えられています。

*泌尿器
【Ba-Wei-Di-Huang-Wan through its active ingredient loganin counteracts substance P-enhanced NF-κB/ICAM-1 signaling in rats with bladder hyperactivity. Neurourol Urodyn. 2016 Sep;35(7):771-9.】
サブスタンスPは、ICAM-1を介した炎症及び活性酸素産生を誘発し、過活動膀胱に関与していると考えられています。外因性サブスタンスPによる過活動膀胱に対する八味地黄丸のメカニズムとその活性成分を調べた研究です。
八味地黄丸とその主成分の一つであるロガニンでラットを前処置することにより、サブスタンスP投与により増強される骨盤求心性神経活動・膀胱NF-κB/ICAM-1発現・白血球浸潤および活性酸素量が有意に抑制され、それに関連する膀胱の過活動症状が改善しました。

【Ba-Wei-Die-Huang-Wan (Hachimi-jio-gan) can ameliorate ketamine-induced cystitis by modulating neuroreceptors, inflammatory mediators, and fibrogenesis in a rat model. Neurourol Urodyn. 2019 Nov;38(8):2159-2169. doi: 10.1002/nau.24165. Epub 2019 Sep 20.】
ケタミン誘発性膀胱炎ラットに対する八味地黄丸の効果を調べた研究です。
八味地黄丸の投与により、ケタミンを投与したラットの膀胱粘膜層におけるTRPV1受容体およびM2/M3-mAch受容体Rタンパク質の過剰発現を抑制する他、膀胱起立筋層におけるM2/M3-mアセチルコリンRタンパク質も抑制し、さらに尿膜上のサブスタンスPの拡散も抑制することが示されました。

*呼吸器に関しては適当な文献がなく割愛します

*認知症
【A randomized, double-blind, placebo-controlled clinical trial of the Chinese herbal medicine “ba wei di huang wan” in the treatment of dementia. J Am. Geriatr. Soc. 52(9): 1518-1521, 2004.】
混合型アルツハイマー病に対して八味地黄丸とプラセボを投与した研究です。
プラセボ群に比べて八味地黄丸群では、認知機能、日常生活動作が改善しました。

【Effect of hachimijiogan on memory impairment induced by beta-amyloid combined with cerebral ischemia in rats. Traditional & Kampo Medicine. 4(1): 51-54, 2017.】
脳虚血とβアミロイド脳室内投与により空間記憶障害を発現したラットに対して八味地黄丸を投与したという研究です。
八味地黄丸投与により、水迷路課題解決までの時間が改善しました。

このように、「腎」の異常の一部に対して、八味地黄丸は有効であることが示唆されました。