抑肝散と抑肝散加陳皮半夏

抑肝散(YKS)と抑肝散加陳皮半夏(YKSCH)は、下記のような構成生薬で、保険適応病名は全く同じとなっています。

しかし、生薬重量比で考えると、抑肝散加陳皮半夏は72%が抑肝散、28%が陳皮半夏からなっています。

抑肝散加陳皮半夏はその7割が抑肝散、3割が陳皮半夏からできている方剤なのですが、本当に適応は同じなのでしょうか。また、適応の違いがあるとしたら、どのように使い分けるとよいのでしょうか。
今回は、①攻撃性、②リズム障害、③消化機能障害の3点から、抑肝散と抑肝散加陳皮半夏の適応の違いを考えます。

①攻撃性

抑肝散は認知症の周辺症状などのような攻撃性・攻撃行動を改善する作用が報告されています。この攻撃性に関して、抑肝散と抑肝散加陳皮半夏を比較した研究が複数あります。

【Yokukansan and Yokukansankachimpihange Ameliorate Aggressive Behaviors in Rats with Cholinergic Degeneration in the Nucleus Basalis of Meynert. Front Pharmacol. 2017 Apr 26;8:235.】
マイネルト基底核はコリン作動性ニューロンが豊富に存在している部分ですが、その神経変性がラットの攻撃性に関係しています。興奮性神経伝達物質であるグルタミン酸をラットのマイネルト基底核に投与し、コリン作動性ニューロンを変性させ攻撃性を発現したラットに対して、抑肝散と抑肝散加陳皮半夏を投与し、攻撃行動の回数を調べました。
いずれの薬によっても攻撃行動の回数は有意に減少し、5-HT1A受容体拮抗薬の投与によりそれらの効果は消失したことから、抑肝散と抑肝散加陳皮半夏は、5-HT1A受容体を刺激することにより、攻撃性を改善したと考えられました。抑肝散と抑肝散加陳皮半夏の効果に有意差はないという結果でしたが、抑肝散の方が攻撃行動の回数は少ない傾向がみられました。なお、このメカニズムとして、釣藤鈎に含まれるガイソシジンメチルエーテルが血液脳関門を通過して前頭葉の5-HT1A受容体に結合し、アセチルコリン放出を増加させることが推察されています。

【Effect of Yokukansan and Yokukansankachimpihange on Aggressive Behavior, 5-HT Receptors and Arginine Vasopressin Expression in Social Isolation-Reared Mice. Biol Pharm Bull. 2019;42(12):2009-2015.】
社会的隔離下のマウスの攻撃行動に対する抑肝散と抑肝散加陳皮半夏の効果を比較した研究です。
隔離されたマウスは攻撃性が高まりますが、抑肝散は攻撃行動の回数を有意に抑制しました。その一方で、抑肝散加陳皮半夏は抑制しませんでした。そこで攻撃行動にかかわるセロトニン受容体への作用について調べたところ、抑肝散は扁桃体において社会的隔離により誘発される5-HT2Aおよび5-HT3A受容体mRNAの増加を抑制しました。一方で、抑肝散加陳皮半夏は社会的隔離による5-HT1A受容体mRNAの増加を抑制していました。また抑肝散加陳皮半夏は、扁桃体において攻撃性に関与する神経ペプチドであるバソプレシンのmRNA濃度を増加させました。
つまり、抑肝散と抑肝散加陳皮半夏はセロトニン受容体のサブタイプに対する作用が異なること、抑肝散加陳皮半夏はバソプレシンのmRNA濃度を増加させることにより、抑肝散の抗攻撃性作用を減弱させることが推測されました。このメカニズムは不明ですが、陳皮の血清アンドロゲン濃度上昇作用によりバソプレシン発現が亢進する機序が推察されています。

【Comparison of the Effects of Yokukansan and Yokukansankachimpihange on Glutamate Uptake by Cultured Astrocytes and Glutamate-Induced Excitotoxicity in Cultured PC12 Cells. Evid Based Complement Alternat Med. 2019 May 27;2019:9139536.】
チアミン欠乏マウスではBPSDのような攻撃的行動が起こりますが、抑肝散を投与することで攻撃性が抑制されることが報告されています。その機序として、抑肝散にはシナプス前部位からの過剰なグルタミン酸放出を抑制し、グルタミン酸トランスポーターの機能障害やグルタミン酸誘発性神経細胞死に伴うアストロサイトへのグルタミン酸取り込み低下を改善する作用があることが確認されています。そこでグルタミン酸経路に関して抑肝散と抑肝散加陳皮半夏の作用を比較したのがこの研究です。
チアミン欠乏によってアストロサイトでのグルタミン酸取り込みが減少しますが、抑肝散と抑肝散加陳皮半夏はいずれもグルタミン酸の取り込みを改善しました。しかし、その効果は抑肝散の方が有意に高かったという結果でした(ED50:8.9±1.8μg/mL vs 45.3±9.2μg/mL)。さらに、陳皮と半夏がグルタミン酸の取り込み低下に関与しているかどうかを調べたところ、予想に反してこれらの生薬はグルタミン酸取り込み減少を改善しました。つまり、それぞれグルタミン酸取り込み減少を改善する作用のある抑肝散・陳皮・半夏を全て合わせた抑肝散加陳皮半夏では、抑肝散よりもその作用が弱まってしまうということが分かりました。この理由は不明ですが、「漢方方剤の薬理作用は、単純な生薬の足し算では説明できないことがある」ということの一例です。

②リズム障害

【Yokukansankachimpihange, a traditional Japanese (Kampo) medicine, enhances the adaptation to circadian rhythm disruption by increasing endogenous melatonin levels. J Pharmacol Sci. 2020 Nov;144(3):129-138.】
概日リズム障害モデルマウスに対する抑肝散と抑肝散加陳皮半夏の有効性を比較した研究です。陽性対照薬としてラメルテオンを用いています。
抑肝散加陳皮半夏の投与により、概日リズム障害マウスの血漿メラトニン濃度は有意に増加し、概日リズム障害が改善しましたが、抑肝散投与群ではそのような変化はみられませんでした。また、抑肝散加陳皮半夏自体には メラトニン受容体に対するアゴニスト活性はありませんでした。
さらに、陳皮・半夏単独の影響を調べたところ、予想に反して概日リズム障害を改善する作用はありませんでした。すなわち、抑肝散・陳皮・半夏はそれぞれ単独では概日リズム障害を改善する作用はないものの、抑肝散加陳皮半夏という形になることで概日リズム障害を改善する作用があらわれるということがわかりました。

【Effects of Yoku-kan-san-ka-chimpi-hange on the sleep of normal healthy adult subjects. Psychiatry Clin Neurosci. 2002 Jun;56(3):303-4.】
「証」を考慮せずに20人の健康な成人男性に抑肝散加陳皮半夏を3日間投与し、睡眠が改善した7名を対象とした研究です。抑肝散加陳皮半夏と安中散を用いた二重盲検比較試験が行われました。なぜ安中散が対照薬として用いられたかというと、抑肝散加陳皮半夏と味が似ているからということのようです。構成生薬は甘草を除いて全く異なるのに味が似ているのですね。
結果は、抑肝散加陳皮半夏群では総睡眠時間が有意に延長(438±13分 vs 371±19分, p=0.04)しました。また、統計学的に有意ではありませんでしたが、睡眠潜時の減少、睡眠効率の増加、ステージ 2 の睡眠の増加、ステージ 3+4 の睡眠の減少などの傾向も観察されました。ノンレム睡眠に与える影響に関しては、抑肝散加陳皮半夏はベンゾジアゼピン系睡眠薬と同様の特徴を有していると考えられました。

③消化機能障害

【Effects of yokukansan and yokukansankachimpihange on neuropsychiatric and gastrointestinal symptoms in BPSD (thiamine-deficient) model rat. Jpn Pharmacol Ther. 2016, 44(2):195-206.】
チアミン欠乏モデルラットでは、持続的な体重減少、摂食量の減少、胃内容排出の遅れ、便の減少などの胃腸症状が発生します。これらは抑肝散または抑肝散加陳皮半夏の投与により改善しましたが、それらの効果に大きな違いはありませんでした。

漢方の教科書には「抑肝散加陳皮半夏は、抑肝散の適応するもので消化機能が低下しているものに用いる」と書いてあります。しかし、消化機能障害に対する抑肝散と抑肝散加陳皮半夏の効果を比較した研究はありません。
①で示したように、「抑肝散加陳皮半夏の作用」は、「抑肝散の作用」と「陳皮・半夏の作用」を単純に足し算したものとは限りませんので、「抑肝散に消化機能障害に有効とされる陳皮・半夏を加えた抑肝散加陳皮半夏は、抑肝散よりも消化機能障害に有効なはずだ」という主張は根拠に乏しいと考えられます。

なお、加齢に伴う食欲低下などの消化器症状に対しては六君子湯が有効とされています。そのメカニズムとして、グレリン分泌増加ではなく、PDE3阻害作用を介したグレリンに対する反応性の増加が考えられており、主に陳皮に含まれる成分が関与していることが報告されています。【Effects of rikkunshi-to, a traditional Japanese medicine, on the delay of gastric emptying induced by N(G)-nitro-L-arginine. J Pharmacol Sci, 98 (2005):161-167.】

以上をまとめると、下記の図のようになります。

・攻撃性が高い症例では、抑肝散がより推奨されると考えられます。攻撃性というのは、典型的にはBPSDの陽性症状(暴言や不穏など)ですがそれだけでなく、噛みしめ(ブラキシズム)や眼瞼ミオキミアといった筋肉に現れる症状も含まれる可能性が考えられます。
・攻撃性が高くなくリズム障害が強い症例では、抑肝散加陳皮半夏がより推奨されると考えられます。
・消化機能障害は、抑肝散よりも抑肝散加陳皮半夏を選択する根拠としてはやや乏しいと考えられます。